しあわせはどこにある

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幸福の王子病

昨日の不幸のヒロインと共通の友人です。両極端なんですこの二人…


そんな悪い人じゃないよ~


この王子、いつもこう言うんです。

私が思うに、自分の事を悪い人だとか、底意地が悪いとか、はっきり認知している人の方が少ないと思うんです。多くの人が自分は悪くないと思いながら他人を傷つけている様に見えます。自己正当化の為せる業なので、あらがいようもない事であるだけに、できるだけ相手の立場に立てるように「努力」をするわけです。(個人的な考えですけれど)

ところが、この王子にかかると世の中に悪人がゼロになります。自分が利用されることまでが正当化される勢いです。

駄目だよ~~。そこは戦ってほしいよ~。
どんどん扱いがひどくなっているじゃない??


いや、困難から学べることって多いんだよ


この王子は、傷つかないところがとても素晴らしく、本人が傷ついていないのに、私の解釈を伝えることで、気付かなくていいことに気付いちゃうのも酷い話なので、ぐっとガマン。です。

でも、どう考えても、都合のいいように利用されているように聞こえるよ!
互いになすすべのない天災のような困難と違って、人為的にもたらされた苦難は、相手の匙加減でどれだけでも楽になるんじゃないの??

そんな傲慢で自己中な人を喜ばせる為に、苦労を買って出ないでよ…
と、何故か心を痛める外野陣です。
でも、言えない…


イタリア人作戦しかない!


※これは私のイタリア人に対する偏見ですから、気分を害したら申し訳ないです。

私の見立てでは、イタリア人は、とても家族を大事にします。家族を大事にする為なら、割となんでもできちゃいます。少々自己中に傾いても、本人は「ごく自然であたりまえ」だと思っている感じです。

彼に必要なのは、「あたりまえのごとく」優先すべき家族の様に思えます。「妻が待っているので、帰ります。だから申し訳ないけれどこの仕事は自分でやってください。じゃ。お疲れ様です。」なんてサラリと言えちゃう、そういう感じにしてくれる嫁がいてくれると非常にありがたいです。彼は、素で行くしかなさそうですし。(全くもって余計なお世話)


余談


んで、かねがね思っている事…
なぜ「悲劇のヒロイン」と「幸福の王子」は、恋に落ちないのか??
二人の会話を眺めるに、王子のお人好しは、ヒロインの被害妄想(←ごめん)を軽減することに大きく貢献しそうだし、ヒロインの悲観的視点は、王子を外敵から守ることに大きく貢献しそうです。

そして、既に互いに対する思いやり十分な二人なら、幸せで穏やかに暮らしていけるんじゃないかと…何気に二人とも燃えるような恋みたいなものに憧れているのかな??(そういう話一切出ないけど。)

しかし、「自分の心配しろよ!」と言われるだけだから、黙っていますけどね。
さわらぬ神にたたりなし。

「しあわせはどこにある」という映画を見て、ふと二人の事を思い出しました。
映画とは全く関係ありませんけど、どっかでリンクしたんでしょうね。
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悲劇のヒロイン病

不幸な人はどんな環境でも不幸なんだろうと、溜息がでちゃうことがあります。大切な友人の一人が「悲劇のヒロイン病」を患って、長くなります。

昔はこうではなかった…


本人は、昔は幸せだったと思っているようです。私は、彼女が幸せだった時をよく知りません。出会ったころから常に「嫌いな人」や「不満なこと」に頭と心を持って行かれていました。

職を変わるたびに、「人名」と「内容」が少々変わるだけで、幸せ度は変わっていません。幸せそうにしていると誰かがその幸せを潰しにやってくるとでも思い込んでいる感じです。

だから、一緒にいる間の半分ぐらいは冗談ばっかり言ってとても楽しいのですが、残りの半分を不幸ネタで埋めないと不安なのかな?と勝手に想像して愚痴に付き合っています。


家に帰ると涙が止まらない


とてもつらい状況を表現した模様です。職場ではずっと耐え忍んでいたつらさが、家で爆発して歯止めが効かないそうです。私は泣くとかじゃなくて、出社の時間になってもソファーから動けないタイプでした。完全に切り離して穏やかにしたつもりでも、そこには戻りたくないんでしょうね。兎も角も、こういう時、あえて明るく励ますか、しんみりまったり同調するか、非常に悩みます。


「ん? 私は、家に帰らなくても、涙は止まらないよ。汗と同じで勝手に出るモノじゃないの?」

っと答えて唖然とされました。人前で泣くと天地がひっくり返ると思っているようです。でも、コントロールできるものでもないし…っと、空気読まないバージョンです。ニュートラルに視点の切り替えを試みます。とまらないのは事実だし。


「どうせならできるだけ嬉しい涙を流せるようにしたいよね。」

何の慰めにもならないことは分かっていて、しかも何を言っても結果は同じだと分かっていて、言っています。どういう状況で嬉し泣きをすると思うかなど、聞いてみます。明るく励ますバージョンです。


「いっそのこと、我慢しないで泣いちゃえば、相手も悲しいことが理解できるんじゃない??」

今の時代、パワハラ、モラハラが問題視されておりますから、周囲の人に何が起こっているかわかる状況で、とうとう泣かせたとなると相手も立場が悪くなるという打算的な提案です。負けたようでくやしいらしいです。うーん。それでいじめにくくなると思うけど…根本的な解決を求めていなんでしょうね。しんみり同調バージョンのつもりです。


「これ、いじめです!って定義しちゃえば終わりだよ」

これは、まだ言ったことがありません。私が自分で実験中だからです。上司にちょいちょい伝えている事です。本当に「いじめ」だと思っているので、嘘はありません。本人にそれとなく伝えてもらってから、顧客に影響が出るような妨害はなくなりました。でも、親切にしてくれるようになるわけではないので、確執の氷解を望んでいる状況では、使えない手です。ある意味私は金輪際、その方々と仲よくしなくてもいいという覚悟があって初めてできることです。皆なから好かれるなんて土台無理だ、っと考えているタイプだからできることですね。


「私、今、あなたに笑ってほしくて努力しています!」

実は、一番効果的だったのは、これです。
ストレートに、「泣かないで!あなたが悲しいと、私も悲しい。」って伝える事でした。だいぶん恥ずかしいですけどね。
ぎゃ~~。


幸せはその人の感じ方次第


私も先輩方に悪口を言われて大分うんざりしていますし、家に持ち帰ってしまうこともありますが、「切り替える」努力はしています。切り替えれば直ぐに嬉しい気持ちになるというわけではありませんけれどね。

インド時代、私と同じくらい落ち込んでいる同僚と「感謝探しゲーム」をしていました。「いいこと日記」を勧めてくれた同僚です。矢継ぎ早に5個の「感謝項目」を探すという変なゲームで、「4色ペン、便利でありがとう」「コピー用紙、白紙でありがとう」「窓、外を見せてくれてありがとう」「スコール、涼しくなりましたありがとう」「鍵、留守宅を守ってくれてありがとう」…

えぇ、もう、痛すぎます。
でも、これ、大の大人が二人して大真面目にやると、5個目に至るまでにそのバカっぽさに笑いが止まらなくなりますから、ぜひ誰か探して付き合ってもらってください。

なんというか、切り替えたもの勝ちなんだな~っと思いました。

でも、私が興味のないことをスルーしちゃうのと同じで、聞く耳がない時には何を言っても同じなんですよね~。
どうにかならないかな~~。
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