多読

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多読の良いところ、悪いところ1

最近まったく本を読まなくなってしまったけれども、これまでそれなりに読んだ方だと思います。ただ、多読もいいことばかりじゃないなと思うようになりました。


多読の良い点1


読書が苦痛じゃない。といっても読解力の話ではありません。文字を目で追うこと、文書に目を通す事が苦痛ではありません。

残念ながら、目を通すことが苦じゃないのは、今のところ「日本語」だけです。「英語」は億劫です。英文契約書で30ページぐらいが限界です。「中国語」は読む気がしませんから、「絶句」ぐらいが丁度良く、「律詩」の長さが限界です。各言語でそれぞれ訓練し直さなければならないのが残念です。(母国語のレベルにある程度牽引されると思いますが...)

最近入社したスタッフが驚くほど何も読みたがらないというか、ちゃんと読まないというか、顧客からの文書ですらそんな感じで困っています。ノンネイティブの私がネイティブの彼の為に読んで説明する流れが出来上がりつつあって、どうも納得がいかないのですが、字を目で追うのが得意じゃないのかも?

私の「中国語」レベルで読むのを嫌うので、読むスタミナって結構大事なんだなと感じました。


それから勤め先の優秀な人たちを見ていて思うのが、同じ文面を読んでも感情を差し挟まずに字面通りに読める人達であることが多いです。不優秀な人ほど、行間の読み方が感情的で、一人で沸騰していたりします。こういうのも読み慣れの差なのかな?っとうっすら思います。


多読の悪い点1


「読んで理解する人」、「聞いて理解する人」、「見て理解する人」といろいろだと思うのですが、読むのに慣れている人は、先の2つを網羅できる可能性があります。インド時代の上司1は、なんでも来いの凄い人でした!

「読んで理解する人」が能力開発に最も時間がかかる少数派と思われ、他のタイプの人とのコミュニケーションに苦労したりします。

読むことに親しんでいると、まず「文書」を探してしまうので、「口伝スタイル」に慣れている先輩方に睨まれます。先輩方が文書化していない事を責めている様に感じるみたいですね。責めてはいないですけど、あるべきものがないと気づいた時点で作るのの何が問題なのか?は、疑問です。ただ、「あるべき」だと感じているのは、私だけみたいです。

読みたがらない上記の部下を観察していて、先輩の口伝主義もこの辺りに由来しているのかもと、思い当りました。

あれ?
これまで「読んで理解する人」の方が多数派だったかも?
おかしいな…
「聞いて理解する」の方が、難易度が高いのかな?
私は、聞いてわからないというより、退屈になっちゃうので、ダメですね。


ま。謙虚な後輩から、「先輩、ここわからないのですが、お手すきの際に教えていただけますか?」みたいな事を聞かれて、「どれどれ、しようがないな~。明日の午後でいい?」なんて、初々しいやり取りを期待しているのかもしれませんが…

「暇人め!」と思っているのがにじみ出ちゃっている全く可愛くない後輩なので、嫌われちゃいます。
※欧州では、最も社歴が短く、駐在員歴が長い、扱いにくい後輩です。
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