自己を分析する

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自分の特性を知ると、生きやすくなる。多分。

自分の特性を知ると、生きやすくなる。はず。

リラックスした状態で16 Personality Testを数年ぶりに受けたら、“論理学者”型(INTP-A)の性格が酷くなったことを、「INTPだと腹をくくる」にて書いたのですが、このタイプの詳しい解説を読んでいたら(←先に読みなさいよ!)、ちょっと違う気が…

普通でよくない?

INTP型の人はかなり珍しく、全人口のわずか3%を占めていますが、「平凡である」ことが何よりも惨めだと思うINTP型の人達にとって、これは良いことです。持ち前の発明力や創造力、独特の視点や力強い知性を誇りにしています。哲学者や建築家、または空想好きの教師が多く、歴史の中で数々の科学的発見に関与してきました。

この表現、興味深いですよね。「非凡だ」と言っているのではなく、「平凡は惨めだと思っている」タイプだそうです。

非凡でなければならないというのは、難儀な事ですね。私は、「非凡がみじめ」というよりは、仕事上「他と同じであってはならない」、「今までと同じであってはならない」というプレッシャーを感じています。「自社の特色が出せているか?」、「独自性があるか?」、「差別化はできているか?」、「ブランドは引き立っているか?」、「自社の製品を選ぶ理由を与えているか?」等々、そんなことを考えることを習慣にして、10年以上過ごしてきました。

「平凡ではだめだ!」というのは、プレッシャーで、嗜好ではないんですよね。

平凡・平穏・平安、サイコーです。

この点とても苦労しているからこそ、プライベートでも個を出そうとしている人はかっこいい~っと、尊敬します。自分のために難儀で困難な道を選んでいるなんてすごい。それが「性格」だと、むしろ楽しいのかな?

私はお給料をもらっているから、責任感と共に気が重い自分を引きずりながら、向き合っている感じ。

家に帰ったとたん、すべてから解放されて「平凡・平穏・平安サイコー!」って、まったり過ごすのが大好きです。FF15の主人公のご友人プロンプトがIt is so nice not to have to kill anything.ってフィールドを回りながらしょっちゅう言っているのですが、まさにそんな感じ。最近最も共感したのは、人間じゃなくて、ゲームキャラだという。苦笑。

というわけで、この性格診断の結果は、勤め人に性格矯正後の私なんだなっと。リラックスした状態が、超絶社畜性格か~。かなり微妙ですね。ずっと同じ会社に勤めていますから、そこで求められている人材にフィットして行っている感じがしますし、転職も一計かな。

また、仕事を辞めてしまったら、今度は何になるんだろう?

なんだかちょっと気になります。

INTPだと腹をくくる

ひょんなことから16 Personality Testについて書かれた記事に鉢合わせました。ブログを始めたばかりの頃に私もやったな~っと、再度試してみました。

16 Personality Testというのは、「内向型 (I) ⇔外向型 (E)」、「直感型 (N) ⇔感覚型 (S)」、「思考型 (T) ⇔感情型 (F)」、「判断型 (J) ⇔知覚型 (P)」の性格特性の組み合わせ16種が、「自己主張型(A)⇔慎重型(T)」に分岐した性格診断テストです。詳しくは、16 Parsonalities、私たちの理論をご参照くださいませ。

前回はINTP-A(論理学者-自己主張型)でした

絶賛ボツネタとなった前回のテスト結果は下図の通りです。

INTP型、2015年10月

これね、猫を被っていたことが分かったんですね。嘘ではない範囲で仮面を被った回答だったみたいです。上記、ひょんなことの一部で、弟にも試してもらったんです。そうしたら大体予想した通りの結果になって、自分も再テストしてみたら、下記の通りになりました。

INTPがひどくなった…

INTP型、2017年04月

弟とのやり取りの中で再テストしているので、余所行き要素ゼロなんですね。弟って素の私を知っているごく限られた人間じゃないですか?、気負うことなくリラックスした状態をイメージしながら回答を選べるのです。

それにしても、内向型100%、探索型(行き当たりばったり)100%は、自分でも驚きです。前回は控え目だったのに、完全に素で居られる家族との関係をイメージすると極端に振れるんですね。

その割に直感型、論理型気質は同程度なんですね。

直感型・論理型気質は、そのまま外部からも受け入れられていて、内向型・探索型気質は外部に出るにあたって矯正する必要があったってことなのかな?

「営業職だから、外向型の方が好ましい」とか、「チームワークを発揮するためには同じゴールを見なきゃ!(計画性)」、「管理職だから、部下に活躍してもらわなければ(自己主張控え目)」とか、そういう外向きの仮面を外してしまうと、お家ではめちゃ内気で、行動はすべて思い付きで無計画、そのうえ自信満々(自己主張型)なのですね。しぇ~。はずかしい~。

仕事モードだと、INFP(仲介者)

職場で私に仲介者のイメージを持っている人はいないと思うのですが、お仕事モードで「あるべき自分」を追及したら、私の場合はINFP(仲介者)になりました。

鉄仮面を被ってもこの程度までしか変われないみたいです。

カリスマ性があるENFJ(主唱者)とかかっこいいものは遠すぎてムリ。せめてチームワークと雰囲気づくりに心を砕いた感じのINFP(仲介者)という結果は、妙に納得です。

理想の自分は、ESFJ(領事官)

これは2015年10月のテスト結果ですが、仕事人としてではなく、人として自分の理想の姿をイメージしながらテストすると、ESFJ(領事官)になりました。すべての項目が反転しちゃっています。これで自信家というのも不思議です。

理想の自分といっても、T(慎重型)ではないので、向上心があるというよりは、自分に満足しているタイプだと思われ、ギャップはあれども努力の向け先は自己研鑽ではなく、興味関心なんでしょうけれどね。

各要素の解説引用(私の場合)

16 Parsonalities、私たちの理論

性格的側面
意識:内向型の人は、単独行動を好み、話す前に考え、他人と関わると疲労困憊します。
エネルギー:直感型の人は、想像力が豊かで直感を頼り、考えに没頭し、今後起こり得る出来事に注目します。
気質:論理型の人は、厳格で知性に従い、客観性と合理性を重んじます。
戦術:探索型の人は、即興に非常に長けていて、選択肢を残しておくことを好み、リラックスしながら働き、自由を求めます。
アイデンティティ:自己主張型の人は、情緒が安定し、落ち着きリラックスしていて、物事に対し悩みすぎません。

分類グループ(役割):分析家(直感的論理型[ _NT_ ]、自己主張型または慎重型の変種あり)
合理的で公平な思考の持ち主で、知的討論や科学、技術の分野に長けています。自立心が非常に強く、広い心と強い意志を持ち、想像力が豊かです。実用的な視点から物事を見ていて、皆を満足させるものよりも機能的なものにはるかに興味があります。戦略的思考に非常に長けている反面、人付き合いや恋愛においては、この気質が障害にもなります。

分類グループ(戦略):自信家で個人主義者(内向的自己主張型[ I___-A ])
単独で物事を進めることを好み、人との触れ合いを求めるよりも、自分の能力や直感を頼ります。自分の長所を把握していて、かなり自信を持っています。自己責任や自分を信じることに大きな意義があると固く信じています。他人の意見にはあまり耳を傾けず、人任せにするのを好みません。

恥ずかしい寝言ランキング1位はやっぱり…

「早く寝なきゃ…」と、寝言で言ったことでございます。

話しかけてみたら反応がなく、寝言だったらしいです。
旅行中など、翌日早く起きなければならない時ってありますよね?
寝る前に緊張するじゃないですか??
無意識に気になって眠りが浅くなったりしていそうですよね???
きっとそういう時にはっきり寝言を言うのでしょうね…

結婚報告の友人との一番の思い出?
私の寝言です。恥ずかしい~~。

「惑わず」前の内面の変化

これも、忘れないうちに、備忘録。ブログというのは、特に忙殺されているような時期に気付いたことをメモしておけるのでいいですね。


ひねくれている?


本人はあまりひねくれた性格だとは思っていないのですが、変な覚悟を決めていることがあり、その一つが「嫌われる覚悟」です。最初はかわいい感じの「覚悟」からスタートしました。皆な考え方が違うから、全員説得できるわけじゃないけど、多少嫌われちゃっても、仕事だし進めなきゃいけないよねって。進めている間に成功体験を積めれば、心から協力してくれるようになるかもしれないし、えいやぁ!ってな感じです。


しかし、最近では末期にいたって、他人全般に向けられています。今だに「好かれたい人」はわずかです。感情的な人は「好き嫌い」で全てを判断するので、たちが悪く、手におえない。但し、「なぜか感情的な人ほど、「感情論」だと指摘されると嫌がる傾向にあるので、物事基準で「論理的」を強調しながら話を進め、仕事以外では極力関わらないことで風評被害を最小化する。」という方針です。我ながら殺伐としています。


ゲーマーだからか、ストーリーが進まない(=プロジェクトが前に進まない)と面白くないですし、敵が強すぎてゲームオーバー(物理的な制約からプロジェクト中止)になっても、進行させたいストーリーならまたやり直せばよい。と思っています。

挑戦する前に社内の反対派に潰されて中止したプロジェクトが3年後に相手方から再開要請を受けるなんてこともたまにあります。癪なのか忘れているのか他の人に任せることもあるみたいです。


そもそも新しい敵の技や魔法を事前に完全予測するのは不可能ですから、ある程度強い状態で挑めば、大抵なんとかなって、一段上の経験値を得られますし、次回から同じ敵とは上手に戦えます。厳しかったら「にげる」という手もあります。ま、最悪ゲームオーバーでも、前のセーブポイントからまたやり直せばいいじゃない?今度はちゃんと専用装備・薬を道具屋で買っとこうね~的な。

こういう姿勢を、「軽薄で、テキトーで、信頼できない。」と感じる人が現実世界には沢山いるんですね。そういう人は「今、上手く行っていることを変える必要はないから、無駄に攪乱するな」っと言ってくるわけです。

表向きには、「マーケットは刻々と変化・進化を遂げているので、適応できないと今年の新入社員が定年するまで会社が持続できなくなる可能性がある。」(一応事実だし)なんて言っているんですけれど、本音のところは、「いつまで最初の村で絶対負けようもない敵と戦って、雀の涙ほどの経験値とギルを稼いでいれば気が済むのか?」っと、うんざりしているわけです。でも、本音をいっちゃうと、「仕事は遊びじゃない!真面目にやれ!」とか「こんないいかげんな人に任せられない」と騒ぐ人がでるので、口チャックです。

正直、バカバカしくて、好かれたいと思えない人達が、沢山いるのです。人嫌いの源泉ですな。特に、社歴が私より長い人達は、自分の方が正しいと思っているので、聞く耳持っていない感じです。別のボツ記事;「老害の開始地点は35歳」、掘り起こそうかな~。


わかる人にはわかる


「あの城を攻略したい」でわかる人、「城の攻略中」にわかる人、「城下町を育て始めて」わかる人、「発展した城下町で観光して」わかる人、「豊かな城下町特有の交易品」を手にしてケチをつける人、まぁ、いろいろです。

最後のグループの人にビジョンを共有するのはムダ。最初のグループの人が誰かを察知し、その人達だけに説明する。それ以外は初期段階では反対者・妨害者でしかないですから。社内に敵が多いって容易に想像つきますよね。あはは。

そういう意味で、ずっと上司には恵まれてきてよかったです。そうでなければ私は正味ガラクタでしょう。理解してくれる上司達が、私に「放任タイプ」のラベルをつけてくれて、あれこれ言われながらも、手厚い保護の下、いろいろな事を進めることができたので、まだ仕事を続けていられます。だから、マイクロマネージメントな上司の下ではガッツリ潰れてしまったんですね。イタイ。MP高めでも、MNDよわっちいんですよね~。

転職組に話を聞くと、こういう構造自体は、どこにでも存在するっぽいです。だから、最初の難関である「放任タイプ(特別枠)」のラベル貼りが終わっている今の会社がマシじゃない?と、思っています。


変化


上記で伝わったかどうか謎ですが、敵が多い事にも、理解されない事にも、現状維持派の妨害者にも、慣れきって、大して心を動かされなくなりました。断片的だったとしてもわかってくれる人は、ゼロではありませんし、好かれるために最初の村に留まるのはもっと苦痛ですから。日々日々、漱石に共鳴です。

ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。



まだ、詩も、画もできていませんが…


これが私の「惑わず」の境地なんだろうな~っと思っていたのですが、そうでもないかもしれません。
(ん。ここまでだらだら書いて結論が下記の3行というのは微妙ですが、まだ過渡期なのでごめんください。)


仕事じゃないのですが、最近、なぜか「言い訳」をしたくなる場面があり、なんとも久しぶりの感覚でした。「説明」ではなく、「言い訳」と感じたことから、理解されたいを飛び越えて、不相応に自分をよく見せたい(=多分、好かれたい)のだと思われ、驚きました。実際のところ何のアクションもとらないと思いますが、どうしてそう感じたのか、私の惑わず感がこれからどう変化するのか気になります。

映画館だけは1人で行かない!

実は3部作の締め記事だったこの記事、全然3段オチになっておらず、どの記事からの派生(脱線)なのかもわかりにくい。というのがボツの理由です。



映画館には1人で行かない


映画友達は1人ではありませんが、出会ったのが最も古い映画友達との付き合いは17年くらいになります。帰国する度に必ず連絡して映画館へ足を運びます。

5年位前、この方から「何処でも1人で行くのに、映画は1人ではいかないんだね?」っと指摘されて、「ほぉ、確かに!」っと振り返ってみると、その時点で既に1人で行けるのに1人で行った事がない場所って映画館だけだ!っと気づいてしまいました。

それ以来、意識的に「1人では行かない」最後の砦を守り続けています。

因みに、これまで最大の脅威は、Mocking Jay-2です!


家で観るのが好きなだけとも言う


家でゴロゴロしながら、時に画面の前に張り付きながら、時に寝落ちしながら、観るのが好きなんですよね〜。

個人的に、映画館の最大の特典は、時期的に早く観られるという点です。画面の迫力とか、他にもありますけれどね。映画館に行くのは気分が変わって好きですが、映画館じゃなければ嫌だ!という程ではないと言うのも大きいです。

映画友達的には、家族と離れた自分の時間をもつ唯一の場所だそうです。家族をとても大事に思っていて、できるだけの時間を一緒に過ごしたいという気持ちは確か、但し「自分の時間を持つこと」罪悪感を感じてしまうという一面もある。

義務的に一緒にいるわけではなく、いたいから一緒にいるのに、ショッピングや旅行だと罪悪感がぬぐえないらしいです。映画は家でもみんなで観るけれど、映画館は一人で行く。これが息抜きになっているみたいです。

「映画」と「買い物」の違いはちょっとピンとこなくて、聞いたはずですが忘れちゃいました。「自分の時間を持つこと」への罪悪感は、親って人種の自然発生的な気持ちなのか?それとも社会的な見えない圧力なのか?なんだか気になります。


1人で行けないところがあった方がいい様な気がする


うん。「行かない」を「行けない」にすり替えてみました。

人に依存するところがない人は、依存の仕方がわからなくなるんじゃないかと思える時があります。仕事では1人で完結できる事がほとんどないので、どなた様も「持ちつ、持たれつ」互いに助け合うことから離れられません。

でも、プライベートでは、人に頼まないで済んじゃうんですよね。実際にはいろいろなところで人の力を借りているのですが、殆どの事が制度化されて、ネットや電話で済んじゃう。

一人でランチへ行けない、一人で買い物へ行けない、一人で飛行機に乗れない、一人で暮らせない、一人で外国へ行くなんてとんでもない、こういう資質は「持ちつ持たれつ上手」でいいな~っとうらやましく思います。


「ソロ活」は、程々に!


「なぜ一人じゃ嫌なのだろう?」という点が興味津々な時点で、私は「不合格」です。ヒトって群れることで生き延びてきたのでしょうから、本能にプリントされているレベルの資質が自分には欠落しているのではないかと少々心配です。せめて一つぐらいそういう部分を残しておいた方がよいだろうな、っと、「映画館には一人で行けない」ということになっています。

仕事で「頼らざるを得ない」反動で、「自由を満喫している」気分になっているだけじゃないかと思えるのですが、こればっかりは仕事を辞めてみないとわからない部分です。この為「早期リタイアを辞める」(=社会復帰する)人を「失敗」と定義する記事に違和感を感じます。

子育てが一段落して、「社会復帰」をしても「自分の時間を持つ事に罪悪感を感じる」友人を見て、ふと思った事です。

「ソロ活」というのは、「まず何よりも大事な人たちがいて、時に息抜きをしたい」感じで所望するのがいいバランスなんじゃないかと思えてなりません。