中国・インドの思い出

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インドのハードシップ手当は、15万円ぐらい

勤め先のことはかけませんが…

インドのハードシップ手当て


私が知っている人のハードシップ手当は、15万円、17万円、20万円ぐらいでした。
個人的に、インドでハードシップ手当をもらっていない駐在員を知りません。

検索流入が絶えないので、知っていることを書いてみました。

インドに興味があって、現地採用でも渡印する方もいらっしゃいますが、駐在員の場合、ほぼ社命ですよね。。。
合う人、合わない人、両極端な土地ですが、生活面で何らかの閉塞感は免れ得ません。
どうぞご自愛くださいませ。
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「話が飛躍する人」と「脈絡がない人」の会話

関連記事「充実した時間の使い方って例えば?」の続きです。



「話が飛躍する人」と「脈絡がない人」の会話


話が飛躍する知人と、脈絡がない私。
似た者同士の会話は、とても気楽でした。
話には筋がなく、飛びまくります。

こういうのは「リア充」にイラッとされてしまいます。


話が飛躍したり、脈絡がない人は、相手との会話のキャッチボールをしていないとみなされて、評判が悪いみたいです。
コミュニケーション能力が低いとか、自己中心的とか、耳が痛うございます。


相手の話を聞いて、理解したのち、咀嚼して、展開して、新しい形で発信すると、「話が飛躍した」とみなされ、コミュニケーション能力が低い事になるのはとても残念です。


「聞き手」の理解力の範囲で、「聞き手」の期待(想定)通りの返答をしないことが「自己中心的」なのか?
逆に、自分の理解力、想像力と期待を相手に強要することが「自己中心的」なのか?



飛躍し、脈絡がない会話の楽しみ方


飛んだ地点と着地点の間にどのような変遷があったのか?
どうしてそこに飛んだのか?


興味が湧きませんか?


この差の部分が「個性」なので、理解できなければ、そのことについて話すのもまた楽しいのです。
飛んで見えても本人の中ではつながっているのです。


「あぁ~。なるほどね~。それならこういうのはどう?」
なんて、脱線に脱線を重ね、話は全く進みませんし、ぐだぐだで、結論なんてありません。
でも、自由に話せて、とても楽しかったです。


イラッとされることもなく、話を戻されることもなく、小言を言われることもなく、気ままに話を転がし、これぞオフって感じでした!


ただ、こういうのは、一般受けしないかも?
「話が飛ぶ」とか「脈絡がない」とか、いいことじゃないですものね。
知的障害的なものなのかもねという話にもなりました。



親近感の源泉は似た者同士?


「詰碁」を小馬鹿にされて、「充実した時間の使い方って例えば?」と聞き返して「リア充」の怒りを買った「話が飛躍する」知人。


「数独」をボロクソに批判されて、「ん~。四六時中生産性の高い活動をしなければならないのって、息が詰まりませんか?」と聞き返して、同じ「リア充」の怒りをかった「脈絡がない」私。


不快だったことを、質問の形でほのめかす感じまでそっくりで、ツボだったと言ってくれました。
他人との距離のとり方が同じ尺だと…


似たもの同士の会話は、気楽でスムーズで楽しかったな~。



説明が難しいのですが、彼女ととても気が合ったことで、逆に「話が飛んだり脈絡がなかったりすることを好まない人」に配慮する必要性を再確認したのです。


しかし、そんなことはすっかり忘れて、ブログも脱線、飛躍、ノー脈絡な感じなので、少々反省したことをメモメモ。です。



余談:数独と飛躍?


数独2

私が解いていた数独に彼女が興味を持ったので、ルールの説明がてら一緒に解きました。コツがわかってきたら、「話が飛躍するのを楽しむパズルで面白い」と言っていました。


数独は(私にとっては)ひたすら消去法で、そのマスに置きえない数字を除いて行った結果、残った数字を埋めていく遊びです。ひとつの数字が決まると、全く違うエリアの違う数字が決まるので、確かに飛躍している感じがするかもしれません。詰碁もそんな感じなのかな?



(2017年2月4日、記事修正)

充実した時間の使い方って例えば?

上海時代の思い出話です。


数独、めちゃめちゃバカにされる


出張が多く、頻繁に飛行機に乗っていたのですが、その頃はフライトモードもアウトで、離着陸時は携帯電話やその他の電子機器の電源を切らなければなりませんでした。小型のゲーム機もダメでした。

日本語の本は入手困難ですし、ポケットサイズの数独ブックがいい暇つぶしになっていました。ある時知り合いと3人で待ち合わせをして、先に着いた2人で一つの数独を解いていたところ、最後の1人にボロクソに言われちゃいました。

数独


生産性がない
ただ数字を埋めるだけで、ゲーム性も低い
感動も機微もなく、情操教育にもならない
ひとりで遊ぶもので、交流や友情も育たない
そこから何も学べない
後に何も残らない
云々、云々


もう覚えていないですけど、激烈すぎる批判に、怒るっていうか、泣きそうになりました。


詰碁と数独


後日、一緒に数独を解いていた人からお詫びのメールを受け取って、驚きました。取り敢えずまず、「何故あなたが謝るの?」ですよね。

2人でお茶をする事にして、聞いたところでは…
実は、以前、彼女が大好きな「詰碁」を小馬鹿にされたのらしいですが、「もっと面白い事があるでしょう?」的な事を言われて、掲題「充実した時間の使い方って例えば?」と言い返しちゃったら気まずい感じになったらしいです。

それで練習したかの様にスムーズに指摘する事が出来たのね〜。見事だったもんね。


だから、その「数独」も彼女の物だろうと思って、第2ラウンドを仕掛けてきたのではないか?私はいい迷惑だったろうから申し訳ない…って事でした。しえぇ〜。

私の持っているのとちょうど同じくらいの大きさ&薄さの詰碁ブックを見せてくれました。なるほど、詰碁の人と数独の人が偶然揃うと考えるよりは、彼女のものだと勘違いする流れでした。ビックリしていたら、ちょっとお気の毒です。(いろいろ違うけど)


彼女が数独が思ったよりも楽しかったので、私も詰碁が好きになるかもしれない。と、使っていない碁の本を2冊いただきました。(ごめんなさい、読んでいません)


懐かしく思って、帰英のフライトに乗る前に羽田空港の本屋さんにて詰碁のポケットブックを探してみたのですが、見つかりませんでした。残念。(っていうか、未だにルールしらない…)


充実した時間の使い方って例えば?


それにしても、充実した時間って難しいですよね。仮に、詰碁と数独が、全くの時間の浪費だとして、映画だったらいいのか?読書だったらいいのか?心が動けばいいのか?誰かと過ごせばいいのか?心が大きく動けばいいのか?

最近、昔を振り返っては考えさせられる事が多く、あれかもしれません、ミッドライフクライシス。
幸いな事に(?)根性なしで、どーんと深く悩むほどの粘り強さもないので、今のところ穏やかに過ごしておりますが、惑わずデビューも大変ですな。

景気悪化を感じた上海出張

チャイナショック、昨年そう呼ばれた時期がありましたが、結局のところ愕然となるほどは崩れなかったはずですから、新興国バブルが崩壊した!って感じでもなかったのかな?


日本人が少なくなっただけ?


空港に降り立った時から、あれ??って感じでした。日本人風のビジネスマンが少なかったんですね。最近は中国人と日本人の見分けはつき難くなったなんて言います。事実なのですが、私の感覚では中国人が日本人っぽくなったのであって、日本人が中国人風になったわけではないのです。だから、日本人風のビジネスマンが少なくなった事に違和感を感じたのです。

もう何年も前の話ですから、今は流行も変わっているでしょうけれど、RIMOWAが日本人で、TUMIが中国人、私はそんな見分け方をしていました。

同じ感触を上海市内でも感じました。宿泊先はもともと住んでいた「徐家汇」近辺でした。日本人が多いエリアではありませんが、日本人が利用するお店がそれなりにありました。それらは、殆どが消えて無くなっていました。吉野家とか丸亀製麺とか日系ファストフードは増えていましたけれどね。あれは現地の人を取り込むための進出ですからちょっと違いますよね。

そういえば、日系コンビニは、ローソン、セブンイレブンがめっきり少なくなって、ファミマがいたるところにある感じになっていました。

日本人が多い「古北」へも行ってみましたが同じく日系のお店がすごく少なくなっていました。ま、私が利用していたお店がなくなっていただけかもしれませんけれどね。



日本人がローカルバスに乗る


久しぶりに日系の美容室へ行ってみましたところ、日本人は確かに減っているらしいです。駐在員が帰国した後、後任が来なかったり、大気汚染を嫌って家族を連れてくるのを控えたり、そんな感じの様です。

これはお店が少なくなっている理由にも共通していますが、地価の高騰で、家賃を払うのが大変になり、外人専用の物件が減ってきて、以前の駐在員よりも狭い家だったり、ローカルと同じクラスのマンションに住んでいたりするそうです。

以前は日本人をバス停や駅で全く見かけなかったのに、今は公共の交通機関を利用している日本人も多いとのことでした。昔はお抱えの運転手がいたり、そうでなくても移動はタクシーだったのに…だそうです。

ん。あの。私は2008年からローカルクラスのマンションでしたし、地下鉄もよく利用していました。なんて、言えなかったですけれどね。駅から2分の仕事や通勤に便利な場所に住んでいたんですよね〜。お陰で食べ物の入手に苦労したことがありません。
※私も混雑していない時間帯はタクシーをよく利用しましたっけ。


現地の生活水準が上がってローカルに違和感なしに溶け込んでいる、とは言っていませんでしたが、振り返ってインドと比べたら普通に住めるっていうのはあると思うんですよね〜。
(↑他の人より逞しいらしいんで、完全に間に受けないで下さい。)


小綺麗になって寂しくなったとか?


他は、淮海路、陆家嘴ぐらいしか寄っていないのでよくわかりませんが、勢いのあるショッピング街というより、落ち着いた雰囲気を醸していました。どことなく、ですけど。

綺麗な外資の高級店が立ち並んだ結果、そうなっちゃったのかな?

人が減ったわけではないので、ネットショッピングがメジャーになってきた今となっては、お店に足を運ぶ人も少なくなってきたのかもしれませんよね。

決して寂れたとは言いませんが、カラフルでゴミゴミした上海じゃなくて、少々拍子抜けでした。

天晴れな自称「美女」

中国人女性陣が、道に広がって歩いていたりして邪魔な時、「そこの美女!ちょっと通してくださいな」っと言うと全員が振り返えって通してくれるので驚きます。しかも便利なので、中国では多用しています。


天晴れな自称「美女」


上記は中国に住んでいた自称「美女」の日本人女性から教えてもらいました。まぁ、その方は確かに「美女」ではありました。

「私は美人だから...」から始ったその方の「美女論」は、下記の通り。

1) 「美女」と言われて嬉しい人は、大した美女じゃない。「美女」はかわいいと言われたい。

2) 「かわいい」とか「面白い」とか言ってくる男性は信用してはいけない。コレは美女を落とす技術のひとつ。「はじめは近寄りがたいと思っていました」が、正解。

3) 女性からも男性からもお年寄りからもそう言われれば、ちゃんとした「美女」。

4) 「美女」にとって「お美しいですね。」と言われるのは、「今日は寒いですね。」に等しい。唯の挨拶。

5) 「お美しいですね。」と言われたら、「ありがとうございます。」以上の事は言わない。

他にもあったけど、昔のことなので思い出せません。

とても美しく、さっぱりした方でした。なんだか天晴れです。今どうしているのかしら?(遠い目)


流石に人を選んで「美女論」を語るらしい


選ばれても嬉しくなかったから、深く仲良くなれなかったわけですが...

美女論を聞いた私がどんな反応だったか、肝心なところを覚えていないのですが、「あなたはそんな反応だと思った。だからこそ言ってみた」的な事を言われて、とても驚いたという部分が今回の記事の肝です。

初めて会って、数時間話しただけの状態でした。そんな中で相手の出方を想像して、反応を確かめる事を楽しんでいたっぽいです。頭の良い人って、意識的、無意識に関わらず、こういう事をしているのかもな〜っと、思ったわけです。

しぇ〜。


リスク選好?


その方は「リスク許容」という言葉より、「リスク選好」という言葉がよく似合うな〜っと思ったのです。得たものが何なのかはよくわかりませんけれど。

この方、株とかやったらハマりそう。


私はダメだな。予測する習慣とかないし、予測しても試さないだろうな〜。株の才能ないよな〜。

ん?
はっ。美女の話が、株の話に...
羨むところを間違えている??


★まとめ★
周りにこんなタイプがいなかったので、海外暮らしじゃなかったら、こんな方には会えなさそうです。たまには自分のコミュニティーから出てみるとおもしろ体験ができるかもしれません。(←だいぶ違う)