西野カナを聴いて祖母を思う

西野カナを聴いて祖母を思う

祖母は歌が好きで、妙にドロドロした歌謡曲も歌っていました。子供心に「貴方、大好きなおじいちゃんにそれはもう大事にされて、何処にでも連れて行ってもらって、そんな生々しい経験ないでしょう?」と不思議に思っておりました。

祖父は早死にして、50回忌の時に祖母はまだ存命だったので、その50年間にあるいは...

でも傍目には、ずっとずっと昔に亡くなったおじいちゃんの話をいつまでも楽しそうにするかわいい人でした。孫の子守を頼まれれば引き受けるものの、動けなくなるまで1人暮らしを好んだ悠々自適な人でした。


最近、西野カナさんの曲(50曲/周)を何周か聴いて、気に入った曲をウォーキング用のプレイリストへ移行中なのですが、よくよく歌詞を聴くと、なるほどリア充過ぎて笑っちゃうというか、なんというか...

あぁ〜。おばあちゃん、歌詞はスルーして音を楽しんでいたんだね〜〜って感じです。

そういえば、10年に1度ぐらいちょっとだけ恋をする親友も「どっぷり恋愛ソング」について、「メロディーが大事で、歌詞はスルーだよ」と言っていたっけ?

折角「リア充になれるように!」といただいたものですが、こりゃぁ、ダメかもですね。そういえば、ツベルクリン反応もずっと陰性だったしなぁ〜。スルーなものは何処までもスルーなんですね。残念ながら。



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