同窓会に行けない人

同窓会に行けない人

私は、物理的に同窓会に行けない人です。同窓会どころか、結婚式とかお葬式も多く行き損ねています。今回はそういう事じゃないんですけれどね。


同窓会に行ける人


イギリス赴任前に大学の時にお世話になった先生(=研究室の教授)とお茶をする機会がありました。研究室時代から、私は学生というより「茶飲み友達」感覚で、成果よりも笑いを提供することを使命にしていたように思います。

この先生が言うには、同窓会に行ける人というのは、それなりに限られているとのことです。自分に恥じ入っていない、ある程度満足している事が条件となるからだそうです。

先生の場合、大学教授というのは、先生の出身校的には、ヘボいらしいです。(大分レベルが高めですけれど、)それでもまぁ、恥じ入るほどのものでもないから、いいやって感覚で行くらしいです。


イギリス情報村のアクセスについて考えた


ブログを開始したばかりの頃、イギリス村のエントリーの多くは、かなりお洒落でキラキラしているのに、私のOutポイントは失敗ネタとか不運ネタの方が反応が良くて、「うゎ。私の不運を期待されている?なんか嫌われちゃっているっぽい?」と悲しくなっちゃったりしたのです。

しばらくして、何となく私だけじゃなくて、不幸ネタ、失敗ネタ、愚痴ネタの需要が高いんじゃないかと思うようになりました。(そう思わないとやってられないので、逞しくなることにしました。)


外国暮らしは、何かと大変


おそらく、不幸ネタを求めているというよりは、皆さん本国にいるよりは苦労されているから、共感できるって感じなのだと思うのです。一番苦労を感じている人達は、気が引けてブログを書かないのかもしれません。「同窓会に行けない人」タイプ?

「大学教授=ヘボい(負け組)」という評価だと本人が感じてしまうようなコミュニティーがあるように、「同窓会にいけるかどうか」は、飽くまで本人の主観で、自分の理想像に負けているだけのコミカルな不幸人って、いそうですよね。

そういう人こそ、ブログを書くことで解放されたりするかもしれないな~っとぼんやり思ったのでした。


余談


なんで先生とこんな話になったのかというと、「インド赴任中に無断欠勤を続けてでも逃げ出して帰ろうと思った。会社に迷惑をかけるけど、長く生きていれば、顔向けできないところの一つや二つ、あってもいいや」って覚悟ができてたって話をしたんです。

そしたら、先生も同窓会に行くと起業したクラスメートなどに圧倒され、自分の社会的競争力のなさに打ちひしがれるけど、最終的には自分の満足度だと割り切った。他人の人生は生きられないのだから、お互いに、好きなことして、かつ堂々と生きていきましょう。って言っていました。

↑これで、私の言いたいことが伝わったと思えないところが残念ですが、これが今の表現力全力です。

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