いいこと日記

いいこと日記

会社員である自分に憤りを感じたら、ふとインド時代のつらい日々を思い出しました。その頃と比べたら、今は平和だな~。なんて、しみじみしながら菊茶を飲んでいます。

インド赴任時代に書いていた「いいこと日記」

インド赴任時代にストレスケアの1手段として、いいこと日記を書いていました。

インド時代の同僚が薦めてくれた事です。単に「怒りを増幅させない」とか、「視野狭窄に陥っている場合に目先を変える」ためのものです。

その頃のストレスケアについていくつか記事を書こうと思い立ってから、今更ながら知ったことですが、いいこと日記という名前の本があるらしいです。暇になったら読んでみたいです。

私がつけていたいいこと日記は、この書籍に謳われているようななりたい自分になる夢がかなうと言うような効用はありません。
固有名詞的に使われているのであれば、私が書いていた日記は良い事しか書いていない日記とでも呼ぶことにします。

怒りは増幅し、心が満ちる

心が満ちるっていうと、充実しているように思えますが、私にとっては必ずしもそうではありません。

もちろん嬉しさで感無量になる事はありますけれど、怒りでも心が満ちてしまうというか、それ以外何も入らなくなる感じのこともあります。

逆に、心が空虚になるというと、響きはよくありませんが、スカスカで油断しまくっている時は、空ならではの心地さと言うものがあると思います。何も抱えていない気楽さみたいなものです。

ところで、インド時代、理不尽すぎる意地悪上司について、同僚とよくグチっていました。
「相手は意図的に嫌がることをやっている。」
それだけで、大いに不愉快でした。

私は嫌なこと、嫌いな人は最大限に関わらなくて済むように工夫する方なので、積極的に不快にさせようと努力しているようなタイプには本当に参りました。

でも不愉快なことを、回想すると、どんどん怒りが強くなってしまうことってありませんか?

相手の思うつぼだったわけです。
相手の狙い通りに、プリプリ怒って、心が占領されていたわけですから…

嫌がらせの影響を最大限に減らす

意地悪上司の為にプライベートの時間まで不愉快に過ごすほど嫌なことはありません。

同じく苦しんでいた同僚が、どこかで拾ってきた悪いことを良いことで上書きして、良かったことしかなかった事にするという考え方を取り入れて、私にも薦めてくれました。

ワードファイルを修正して、保存したら、元の下書きが残らないのと同じイメージで、トレーニングしました。
残して置いた方がよかった下書きを、誤って上書きしてしまったかのごとく、「しまった~」という気分と共に更新するのです。
まったくどこも「しまった~」なんてことはないのにも関わらず、です。

そうすると、心残りではありますが、上書きされたファイルの方が、改訂版であると思い込むしかなくなります。
実際に残っているものは、「良い事」や「心地よい事」なので、読み返しても不快ではありません。

そして、最初は自分を誤魔化して、無理やり目先を変えているいる事が見え見えだったとしても、時を経るにつれてその判断が正しかったと納得できるのです。

しかし、悲しいかな、不快に浸っていても楽しい気分になる事はないのが明白でも、気持ちが囚われてしまっているので、かなり強引に目先を変える必要がありました。

時間が経って気持ちが落ち着けば、愚痴ばっかりの自分の日記なんて読み返す気持ちが起きず、良い事ばかり書いていると読み返してもニヤニヤなって楽しくなります。時間が経てば経つほど、貴重な思い出帳になるのです。

良いことが思いつかない時は…

同僚の日記は電子版だったので、まず悪いことを書いて思いを吐き出した後、それを良いことで上書きしていたのじゃないかと思います。
私は帰宅の車の中で、手帳に書いていました。

ペンで紙に悪いことを書いてしまうと、読み返したときにも目に触れてしまうので、最初からいい事しか書けません。

始めたばかりの頃は良いことを思い出すのが大変でした。
怒りで心の余裕がなくなってしまっていることの何よりの証拠です。
一日中怒って過ごしたんじゃないか?と、驚いてしまいます。

ムリヤリ考えても出てこない時は、沢山ブログを読んで、面白かった記事のメモをしていました。
それらは覚えておきたいという動機とも相まって、沢山記録が残っています。

あの記事がおもしろかった!とか、
この記事はよく理解できない!とか、
その程度のことしか書いていませんが、読み返して楽しいものです。

久しぶりに読み返して、後悔する

インドにいた頃も、素敵な同僚、素敵なチームに恵まれていたんです。
グローバル会議に出席して、彼らの顔を見ると、とても懐かしくなります。
でも、その頃、彼・彼女らに感謝しているような日記はあまり多くありません。

バカだな~。

良い事、いっぱい見つかっただろうに、書いていないな~。
本当に意地悪上司の策略にはまっていたな~。
などと残念に思います。

もっとその時にたくさん笑って、感謝を伝えたかったな~。
せめて、今後は、その場で笑って、感謝を伝えよう。できるだけ。
なんて、思ったのでした。

おそらく「いいこと日記」という本の紹介文にあるような、「なりたい自分になる」とか、「夢がかなう」なんてことにはならない良い事しか書いていない日記ですが、読み返してみると心がじんわり暖かくなりました。

おススメです。

追記;
この記事(No.690)は、悪い事を悪くはない事で上書きしたものです。笑。

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Comment


★ケフコタカハシさん、コメントありがとうございます~!★


おぉぉ~。コメントありがとうございます。
日本語が苦手で、どうもいけません。どういう表現が文学的で、どういう表現が平たいのか、イマイチ区別がつかなくて、大変恥ずかしい感じです。赤面。

>「満たされる」と「一杯になる」との微妙な違い
なるほど~~。
素敵ですね~。違いが判るって!

>人様の目に触れるモノに悪いことは書きたくないと、私は常々思ってます。
かっこいぃ~。
私の場合は、悪いことを上手に書けないだけなので、「グチブログ、書くのが上手いな~」などとほんのり尊敬しちゃったりしています。
でも、私が読むブログの殆どがケフコさん風の楽しいブログですし、私もいいこと日記風で続けていきたい!と思いました。

>頭を真っ白にできる何かをお持ちでしょうか?
庭の草むしり…だったのですが、実家を出てから庭がなくて、何か考えた方が良いかもしれません。
ぬりえの情報感謝です!
レゴブロックを組み立てたり、タオルからぞうきんを作ったり、そういうのもいいかもしれません。
何か考えてみます。

ありがとうございます!

のろのろ |  No.435


★だから私はウシジマくんを称える★


こんにちは。
えええ〜〜えええとね・・・「怒りが心を満たす」の表現がどうにもしっくりこないと思ったので、ちょっとその原因を考えてみました。
「喜びで心が満たされる」はアリだけど「喜びが心を満たす」ってのは、いくらか文学的過ぎてあまり使わない表現のような気がします。
その観点で言うと「怒りが心を満たす」ではなく「怒りで心を満たされる」という風になるんですけど、そうなるとこの「怒りで心を満たされる」という状態が満ち足りた良いことであるというニュアンスになってしまうんです。
だから「怒りが心を満たす」というのがしっくりこないんだと思うんですけど、いかがでしょうか?
もっと平たく「怒りで心が一杯になる」というのもありますけど。
これは「喜びで心が一杯になる」と全く同じ表現だから、こちらの方が使い勝手が良いかも。
「満たされる」と「一杯になる」との微妙な違いってことですよね。

とかなんとか、本当に言いたかったのは以下のことです。
紙に書く日記は本来自分だけが読む物ですけど、ブログの場合は公開した以上あくまでも他人に読んでもらうことが前提のはず。
それを考えたら、人様の目に触れるモノに悪いことは書きたくないと、私は常々思ってます。
あまたある映画レビューブログには、まぁよくもそれだけ悪い所を次々と書き出して時間の無駄だと思わないのかな、と思うような記事ばっかり書いている人が結構沢山いて呆れてしまうんですけどね。

私の経験上マイナスな想いを文字に綴ろうとすると、余計にそのマイナスな気持ちが増幅してしまうように思います。
どういう風にそのマイナスな気持ちを表現しようかと、マイナスな言葉をあれこれ探してしまうから。
そうして気がつけばマイナスな言葉に自分の心を支配されてしまいそうになっていることに気付き、これはイケナイ!と思い、以来マイナス指向の文章を書かないよう私は気をつけているつもり。

あ、そうそう、何やらイヤなことを追い払いたいようなご気分のようなので、一つお聞きしますけど。
頭を真っ白にできる何かをお持ちでしょうか?
具体的には楽器を弾くこととか、運動をすることとか、編み物をすることとか、そういう考えなくても体が動くようなことです。
近頃日本では大人の塗り絵なんてのが流行ってますけど、ああいうのもストレス発散に良いと思いますよ。
長々と失礼しました〜。

ケフコタカハシ |  [ 編集 ] No.434

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