読書家を廃業しても、インプット型は変わらない

読書家を廃業しても、インプット型は変わらない

新しいパソコンを買って、何をしているかと言えば、Netflixの映画やドラマで4Kスクリーンを堪能しております。写真やブログ記事をスムーズに更新できるようになったのに、やはりインプットに傾倒しております。

アウトプット型の人の頭の中がしりたい

私のブログ記事は、「自分から発したクリエイティブな何か」は皆無です。誰か別の人の活動で印象に残ったことの備忘録です。作家になりたい、映画監督になりたい、ゲームをデザインしたい、レシピを考案したいなど、クリエイティブなことをしたいと思わず、またできるとも思っていません。

本日の記事も、「「本を書きたい」人が読むブログ」というページをブログにメモするためです。

「作家 書きたい 理由」で検索して、発見しました。「クリエイティブな人の生態=宇宙人の生態」の感覚で、興味が湧きました。読み物として面白そうです。

アウトプット型の人に興味津々です。

同僚の妹たちが、文学や演劇を学ぶ学部に次々と入学して、(彼には)よくわからない創作活動に勤しんでいるらしいです。理系は自分一人だとぼやいていました。文系は英語でArt、理系は英語でScienceです。Science学部に入学するのに、才能はいらない。ただテスト勉強するだけ。才能が必要になるのは研究職についてから。それだって、才能ある教授や上司の指示・アドバイスに従うだけで、労を惜しまなければ、ある程度まではいける。Art学部に入学できる人は、入学時点から既に何らかの才能がきらめいている人っぽくて、尊敬するっと言ったら呆れていました。

でも、実際、そんなイメージです。

ただ書きたいから、書く?

いろいろ読んでみましたが、小説家になりたい人は、ただ書きたいから書いている方が多いっぽいです。もちろんお金のためとか、有名になりたいとか、そういうのもチラホラ見かけました。で、結局、「ただ書きたい」という部分がわからないところで詰まってしまいます。

そしてまた、とりあえず、現状のメモです。

ないから、創ってしまう??

ブック・アサヒ・コム、「八杉将司(作家)ないなら創ればいい」より引用

ないなら創ってしまえと自分自身で漫画を描いていました。誰かに見せるために描くのではなくて、自分で読みたい漫画を自分で描いていました。(中略)

荒唐無稽な事柄をあえて現実にあるものと想像して世界を構築し、それをフィクションである小説にする……つまりぼくは新しい世界を書きたかったのです。そこで生きる人々(地球人類でないのも含む)を活写してみたかっただけなのです。
 思えば自分で漫画を描いて遊んでいたときとたいして変わっていませんね。
 ないなら創ればいい。
 その発想自体がSFなのかもしれません。

しえ~。すごいなこの人!外国暮らしで日本の書籍や漫画は手に入りやすい状況とは言えませんが、ないなら自分で書いてしまえ~っとか、思ったことないです。

置き換えると、「面白いブログ記事がないから、自分で書いてしまえ~!」ってことですよね。あるから、たくさん。そもそも困っていないのでした。笑。

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