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身につまされる海外あるある…「顔の表情で無駄にリアクションをとる」

当ブログでは、noindexのメタタグを挿したので、自ブログが検索結果に出てこない事を確認していたら、物悲しいものを発見しました。

身につまされる海外あるある

当ブログで、たまに検索流入があったキーワードの「海外あるある」の検索結果を確認に行ったところ、短期留学女子あるあるのトップは、顔の表情で無駄にリアクションをとるというものでした。

これ、日本在住日本人にイラっとされちゃっているのかもしれませんが、身につまされて涙でそうです。

顔でリアクションをとるのが習性になっているとすれば、その人はよっぽど英語が話せないんです!!

これは、飽くまで、私の勝手な想像ですが、英語が話せない留学生は、何とか意思疎通を図らないといけないのです。そして、顔芸に走るのですよ。

多分ね。

英語が英国人よりも流暢だったら、顔は能面でもいいですからね。

英語が英国人レベルに流暢な人は、英国人程度には顔芸を訓練する必要があるでしょうね。

「リアクションがいちいち英語」も多分同じ理由

中でも「ワォウ!!」「アーハー?」などをよくつかうらしいですが、これも文を作れない分、せめて単語というか、感嘆詞ぐらいは伝わるものを!!って感じなのではないかと…。あぁ~。見覚えありすぎて、気の毒で涙でそう。

私はいまだに「Wow!」と「Really!?」を多用します。代わりに「I am highly intrigued」や「That is utterly absurd」などとパッと言えるようになりたい。

そうしたら、日本に帰っても、感嘆詞的なものが口からポロっと出ちゃったりすることは無いでしょうしね。

でも、and、or、butのような接続語は短すぎて(便利すぎて)なかなか取れないんですよね…

すぐに「Fu◯k」や「Shit」等の汚い言葉を使う人は…

お友達になろうとしている人の育ちが良くないんですよ。おそらく。

海外に出て、言葉が話せないとお友達を作るのも大変なので、ミラーリングというか、類似性の法則というか、そういうものを駆使して、相手と似たような表現を多用することによって、親近感を稼がないとなりませんからね!!

お友達になろうとしている人の育ちが良すぎると、大量の副詞とそのコロケーションを覚えて、文中にちりばめないといけないので、こちらの方が遥かに難しいですね。

ちなみに周囲のイギリス人達がいうところの、子供の頃に初めて両親からOKが出た罵り言葉は、「bloody」らしいです。この言葉だと、割とマイルドに親近感を稼げるかもしれませんよ。形容詞で使いにくければ、「rubbish」あたりはどうでしょう?

え?、そういう問題じゃない??

英語が関係がない恥ずかしい失敗なら…

加えて「常に愛想笑い」とかっていうのは、ないのかな?

あと、「ドアを開けてくれるのを待っている」とか。日本でやっちゃうと、結構恥ずかしいですよね。

それから、「日本のスタバの店員さんの半英語につられて、Thanksと言っちゃう」とか、同僚にみられて、会社に行きたくなくなりましたっけ。

どうか見て見ぬふりをしてあげてください

理由を知らないとイラっとしちゃう習性も、その背景に身につまされる悲しい経験が…、あるかもしれません。

変な留学経験者に出くわしたら、どうか、鼻白みつつも、生暖かく見過ごしてあげてくださいませ。

徒然草に学んだライフレッスン

吉田兼好や鴨長明などの隠遁者を早期リタイアと重ねた(?)記事を見かけて、ふと思い出したことがありました。

国語の教科書はヒマつぶし

学生時代、授業が退屈で仕方がない時、時計の秒針を見ながら、息を止めていられる時間を計測したり、国語の教科書を読んだりしていました。

中学校の頃だったと思いますが、徒然草の「神無月の頃」を先読み。とても風情がある情景に感心していたら、たわわに実ったミカンの木の周りに柵がしてあって、興ざめでがっかりだなんて書いているのを読んで、「そんな事をわざわざ書いている貴方の方が興ざめだ!」なんて突っ込みを入れていたら、先生のお気に入りだったらしく、授業でじっくり読み解いた後、ダメ出しばかりの他の段の追加資料がつけられ、読書感想文のお題に指定されたことがありました。「小説」ではなく、「古文」がお題になるなんて、よっぽどのことです。(←なんとなく)

最も興ざめなのは誰か?

うげ~っと、思った私は、反骨心から「最も興ざめなのは誰か?」っという題で、感想文を書きました。

まず、筆者の吉田兼好。同じ教科書に漢詩が載っていて、(うろ覚えですが)春眠、暁を覚えずだったと思います。風雅さが段違いに負けている。

次に、ダメだし本をありがたがって、千年近く読み継いできた、過去の人たち。

教科書の編者(選者?)。同じ徒然草の他の段には、過去の偉人たちに読み継がれている理由となっている、もっと素敵な文章があるのでは?

更に、先生。苦労して読んだ割に面白くもなんともないものを読書感想文のお題に選ばなくてもいいじゃない?

そして、最も興ざめなのは、やはり私。「そうだそうだ~!柵なんてつけちゃう器のちっちゃい家主はダメだ~」的な感想を、素直に書けばいいじゃない?という内容でした。

んで、この感想文、一部の先生にウケて、危うく文集に乗せられるところだったそうです。但し、ご両親の心情に配慮して、載せないことになったと、卒業するころに教えてもらいました。

ぎょえぇぇ~~。

ライフレッスン

ご両親の心情に配慮してってことは、私の感想文を読んだ人が、「親の顔が見てみたい!」っと思っちゃうような、ダメな内容だったわけですよね…

そうじゃなくても、この内容が同級生の目に触れたら、大分凹んで、学校に行きたくなくなっていたと思います。シャイだったのですよ。ワタクシ。

思慮深い先生の英断で(?)、表に出なかったからよかったものの、自分で抱えきれる範囲を超えた、身に余る行動だったわけです。今振り返っても恐ろしい…

この出来事から、感情に任せて、他人にケチをつける事の危険性を学び、人生の教訓となったような気がしています。いまだに覚えていますからね。

敷居が高い兼好さんと等身大の長明さん

上記の経緯から少々トラウマ気味の徒然草です。こだわりが強い方の様なので、兼好さんのお宅にお伺いするのは、緊張しそうです。あれこれ思案して持参した精一杯の茶菓子でもダメだしされそう。

対照的に、長明さんのお宅は手ぶらで顔だけ見るのにフラっと寄ってもOKそうなイメージです。

冒頭文の美しさは凄いものがありますが、内容は大火事、大地震、飢饉、疫病などを思い出しては、「怖かった~、世の中儚いね~」などと回想してみたり、50歳差の小さい友人との交流のことや、お経周りのモノグサネタなどを「声に出して読むのが面倒なときってあるよね~」的な感じでまったりと書いていたように思います。

正座して向き合って座るイメージしか湧かない兼好さんと、縁側で横に座ってのんびりお茶が飲めそうな長明さん。何故か印象が対極的です。早期リタイアしたら、読み直してみたいものです。

老舗病?、タイトルと本文のミスマッチを何とかしたい

老舗企業で働いていると、なんというか、考え方まで老舗っぽく、古風になるんだな~っと、いうのが先週最も心を動かされたことです。

釣りテクニックと信用の狭間

先週の頭頃、早期リタイア村のランキング1位に「自分の資産について尋ねられたので正直に書く」的なタイトルの記事がありました。「早期リタイア=再就職をしない=それでも食べていける貯金がある」とも言い換えられ、リタイイーの資産額は、関心が高い鉄板ネタではあります。

お金周りは一般的にそうですが、殊に資産額については、公開するのに勇気がいりますし、早期リタイアできる根拠や、そこへ至る戦略・戦術などの英知に触れることができ、そのブロガーさんの人となりを最もよく表す代表記事だと思っているので、そのブログの雰囲気を知るためにも読むようにしています。

んが、その記事は、タイトルに反して資産額は公開しておらず、何だかよく意味が分からない新しい世界観を売り込む??感じの記事でした。こちらの理解力の問題でしょうけれどね。

いずれにせよ、カテゴリー読者の重要関心事を「釣り」に使うというのは、かなり勇気が必要な高等技術だな…っと舌を巻いたのです。そして、この方、既に本を出版しているらしく、妙に納得したりしました。文筆家は、やることが違う!(いや、記事は、理解できなかったんですけどね。汗。)

カテゴリー1位の記事になっているわけですから、結果が出せていることになるんでしょうね。ただ、これが仕事だったら、事故報告書だな…なんて、思ったのです。

老舗企業では、面白みや新しさも大事ですが、何より信用や看板を傷つけないように、謳い文句と製品が違わないことが大事で、ミスリーディングには神経質になります。気に入ってもらうのが大変な割に、嫌われるのは瞬殺です。風評はいったん流れるとうっすらこびりついて巻き返しに何倍もの労力がかかります。

ヒット製品を開発することと、それを上手く売ることは、別の話で、出来るだけ顧客の期待を裏切らないよう、信用も抱き合わせで売ることが肝要だという考え方は、老舗企業で叩き込まれた価値観なのでしょうね。

私の場合、脱線、余談が多すぎて、最初に書いたタイトルと違う内容になりやすく、タイトルと本文を合わせようとして、失敗していることが多々あります。仕事と違って、ダブルチェックしてくれる人がいませんからね…っというか、そもそも仕事ではコピーを書くのは私じゃなかった。

こびりついた価値観は、なかなか変わらない

上記、リタイア記事の釣りテクニックには、大いに刺激を受けたものの、老舗企業で培った価値観がすぐに変わるかというと、びくともしないわけです。

そして我に立ち返ると、実験的にいろいろな記事を書きすぎて、外国生活とはあまり関係がない内容の記事が多く、「外国人ライフ」の看板を裏切っている、(この記事のような??)記事、タイトルと内容が合致していない記事がかなりあるな~っと大いに反省いたしました。←いつもこんなで成長がない?

いずれにしても、まじめにリライトして、うたい文句(タイトル)と製品(本文)を合わせていきたいな~。っと強く感じました。

っと、そこで、私がどうしたかというと…

一見さんお断り

リライトしていくと言っても、すぐにはできないので、とりあえず、このブログのすべての記事に<META name="ROBOTS" content="NOINDEX, NOFOLLOW">を刺して、検索でかかってこないようにしてしまいました。技術的な事と方針は、「FC2、全てのページを”noindex”、nofollowへ変更」をご覧ください。思い立ったらすぐに行動しちゃって、相変わらず軽率でございます。

直ぐに自然検索から消えてしまうわけではないようですが、どのくらいの時間をかけてインデックスが減っていくのかも、実験的な興味があります。

うーん。これって、一見さんお断り状態ですね。隠れた迷店だ…。っとそれはそれで微妙ですが、仕方ありません。

相変わらず迷走気味ですが、まぁ、これもブロガーの人となりをしっかり表しているのではないでしょうか?

結局のところ、私がブログを書く動機というのは、作文が上手くなりたい(=考えていることを適切に書き表せるようになりたい)に尽きるのではないかと思えてきました。

ほほほ。

2周年記念、忘れてた…

そういえば、このブログ、いつの間にか2周年を迎え、3年目に突入しておりました。「祝い倒す」、失敗です。

最近、頑張って仕事をしていて、細々としか記事が書けませんが、ブログを止めることは今のところ考えておらず、ボチボチ続けていこうとは思っております。

今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

日本のペンは、洗練されすぎている

同僚のお土産に4色ペンやフリクションペンを買って帰ると喜ばれます。(でも、抹茶キットカットが最強)

けれど、私は、日本のペンって、洗練されすぎて書きにくく感じます。

海外のペンはインクがドバドバでる

ドバドバでると言っても、インクだまりができるほどではありません。どちらかというとゆるゆるとたおやかに出る感じです。

ゆるゆる書けます。紙にインクが乗っている感触を持てます。

日本のペンは、just enoughのラインを極めているというか、するする書けるのですが、インクが乗っている感触がありません。

確かに、力を入れなくてもするする書けますし、途中で書けなくなることがほとんどありませんし、長持ちします。

しかし、私は、中・印・英のはっきりくっきりゆるゆる感たっぷりの洗練されていないペンが好きです。

わざわざ英国のボールペンを買った

久しぶりに紙の日記を書き始めたら、材質が和紙風でごわごわしていることもあって、日本のペンだときっちりかけるものの、ゆるゆる感が足りません。

おそらく、日本人は、0.4、0.5、0.7などというように、意識的に好みの太さのものを買うのでしょう。

私は、貰い物で済ませるので、唯一好みだったのは、JALからもらったペンです。これって、インターナショナル仕様なのかな?っと邪推しています。

イギリスでもらった販促品のペンを持ち合わせていなかったので、わざわざ買いに行きました。一種類しかなかったので、売っていたものを買っただけですが、大満足のゆるゆる感です。

本人的には新ペンに満足しているのですが、日本の繊細かつ洗練されたペンが合わないというのを、ほんのり寂しく思いました。

時間泥棒、猛省する

ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさ~い!!

ただひたすらそう思わせられる時間泥棒に関する記事を見かけて、猛烈に反省しました。

ぎりぎり行動の時間泥棒、周りに迷惑をかけている

ぐふぅ~。

ぎりぎり行動の時間泥棒は、周りのフォローに支えられているっという内容に、涙出そうになりました。そうなんです。私、こんな感じです。(おそらく舌打ちしながらも、)フォローしてくれる周囲にとても感謝しています。が、その一方で、何とかしようとしてもダメだったのか?、行き当たりばったりが習慣になっているのか?、と言われれば、後者です。

ちょうど日本・アメリカ・イギリスの3局会議で夜中の0時30分から会議がある日の空き時間に読んで、どっきーんっとしました。

私、その会議のオーガナイザーで、新規プロジェクトのキックオフ会議だったので、企画書とか、プレゼン資料とか、準備しないといけないのですが、ギリギリです。その前日の午後から資料を作り始めて、帰宅前に投稿して(企画書)、資料提出は会議の6時間前でした。

日本メンバーにとっては、朝8時30分からなので、通勤中にダウンロードして読んでくれたみたいです。これ、間に合っていない状態です。(優秀な人たちは事前資料に必ず目を通してくれるので、早めに投稿すべきです。)

アメリカ人たちは、目を通した上に、会議前にカウンター資料をつけていてくれました。ぎょぇ~。

そうして、私、いっつもこうなんです。プロジェクトリーダー、不適格です。号泣。

どんな会議も一様に、ぎりぎり

本当に、いっつも皆さんにフォローしてもらって、心苦しくは思っているのですが、ぎりぎりが習慣化しているのが実情です。

事前準備を行うのは、「顧客」がらみ案件だけです。「社内」案件は、ぎりぎり&遅れが常態です。

それでも、プライベートと仕事には線を引くとか心に決めて、残業をしないので、たちが悪いっというか、ここまでくるとどちらがより精神的に負担かよくわかりません。

だから、残業をすることにしました。そして、しんどい時は外食をすることにしました。料理が来るのを待っている間に、小さいタスクは、捌けたりしますから。

料理力を上げるという、前日の記事と矛盾しているのですが…とりあえず、精神負担レベルが下がる方に時間を割こうと思いました。

仕事とプライベート、プライベートがうまくいかなくて、職場で意気消沈したり、八つ当たりしたりする人もいますが、逆に仕事のことが気にかかって、よく眠れないのは、ちょっと嫌だな~。っと、思ったのです。

安眠レベルという意味では、料理より、滞留中の仕事の方が影響しますからね。

ま、行きつく先は、私個人の利益(満足感)なのですけれども。

ブログは、どうしよう

こんな風にどっきーんっとなった事を記録しておく事は続けたいな~っと思うのです。でも、まず、滞留タスクをできるだけ捌いて、安眠レベルを上げなくては!っと、「読む」に脱線不可能な、手帳の日記を復活させました。

暫くの間は、日曜日の夕方から仕上げを始めて、書き上げた分だけ予約投稿で公開していく感じになりそうです。

変な話、ボツネタと同じで、捌けば捌くほど仕事が増える事を経験的に知っているのですが、「周囲に迷惑をかけていることを自覚している」状況下、「これが私の精一杯です、ご勘案くださいませ」っという気分になる線引きは、その時々の状況で異なるミズモノで、答えがありません。

この時点で、完璧を断念して、甘える気が満々ですね。うーん。猛省したといっても、少しだけマシになる程度の改善しか見込めませんね。もっと反省すべきか、悩ましい。

それでも、まったく残業をしないで、ブログを楽しんでいると、罪悪感を感じるレベルに周囲のサポートに依存しているので、この辺はバランス調整が必要な事だけは確かです。

いずれにしても、これが、先週一週間で最も心動かされたプチ事件でした。